白雲の道治療院

白雲の道治療院は、鍼灸術と量子場調整を用いて心身の健康面の向上、さまざまな症状や機能の向上、能力の増大に努めております。

白雲の道で美しく健康な体を!

CODE 041 2012-09-11 172116

No.041 - 第四章 接点 13

合致

クローン研究において、彼は自身の遺伝子を改良する事も出来たが、父親と母親への深い愛情がそれを拒んだ。

その代わり、これから生まれてくる子供達には、ありとあらゆる遺伝子上の実験と改善を行った。より知能が高く理知的な人々ににするためだ。彼にとって無能で性格の悪い、特に人をイジメる事を喜ぶサド的な人間を心から毛嫌いしていたのだから、当然といえば当然の事だった。
 

その遺伝子母体となったのは、ミヨの遺伝子で、自分の部下の犠牲になった遺体を彼はスイスの見晴らしの良い地に運び、愛と敬意を持って埋め、その時一掴みの髪を持ち帰っていた。他にもこの地下基地で働く多くの天才たちの遺伝子も使われた。
 
その髪と自分の細胞から採取したDNAを別々に生きた初期胚に移植し、純粋な個人としてのクローンを育て、長く、多くの失敗の末に遺伝子の欠損のない純粋なクローンを育てるのにも成功した。
 

ブライアンの研究によると、犬や羊、牛のような動物、人間も含めてクローンは可能であるが、意識のクローン化は出来ない。身体のクローンは単にその人間の肉体から臓器や角膜など失ったものを元の身体に移植するには都合が良いが、同じ人間を創ることは出来ない。通常、器は出来てもその中身である個性は同じようであり得ない。
 


ブライアンは自分のクローンを大きな試験管の中に残し、ミヨのクローンを、一年半程で外界に取り出した。名前はミーナ、赤ん坊の頃からの彼女を自分の子供のように愛し、必要なもの、世界の語学や科学知識を含めて全てを学ぶ最高の環境を与え、12、3歳頃になった頃共に世界を旅した。しかしいつもどこか寂しげなところがあった。
 

自分のクローンは1980年に試験管の中で受精し、全ての栄養を与えられる大きな保育器の中で20、才になるまで、意識的に無の状態で育てられた。

そのことでブライアンはその中に完全な意識を持って移動できる。この間、何度も身体から幽体を離脱し自分のクローンの身体に入り、保育用の試験管の中から外側を見ていた。

自分の精神が新しい身体と十分な共振整合状態になったのを確認したころ、ブライアンは100歳近くになっており、身体の重さや違和感をひしひしと感じていた事もあり、このクローン体に移動する決意を固めた。

彼の誕生日は1900年6月9日、ちょうどその100歳の誕生日にそれは決行された。

彼は、安定した幽体離脱状態に入り、その状態で今まで使い慣れた自分の身体と新しいクローン体を観られる位置に陣取った。
自分の実体の致命的な脳の箇所に向かって三方向から銃口が向けられていた。直ぐにその数発の弾丸が、発射され、瞬間的に彼の息は完全に止まった。

その様を冷めた意識で見ていたブライアンの幽体は、ゆっくりと新しい身体に引き寄せられて行った。それは、今まで何度も幽体から自分の身体に戻ってゆくのと、何ら変わらなかった。

 
最初の頃、乗り移った身体は非常に重く、その重さは筋肉の弱さだろうと思っていた。だが、あらゆる筋力のトレーニングや栄養をとっても80歳の頃の重さ以上には軽くはならなかった。次第にその重さに慣れては来たが、若者の軽さではない。

 ブライアンは以前から、若き自分のクローンに移動する事をミーナに伝えてある。
何度も大きな試験管の中で眠る新しい身体を二人で眺めもしていた。
 
ミーナが言った。彼女が19才の時には、自分を「ブライアン」と本名で呼ばせていた。
 
「ブライアン、私もクローンとして生まれたのだから、今度この身体に移ったら私と同じね。ずーっと一緒に居たいな。」
 
「ミーナ、もちろんだよ。僕はそのつもりで待ち続けたんだよ」
 
「そう、こんなおじいさんになるまで待ち続けたなんて、きっと私の母体になった女性はすごくいい人だったんだね。」

 「いや、本当はあまり知らないんだよ。私の方からの片想いなんだよ。」
 
「そう、あまり知らないんだ。良かった。私ちょっと気にしてたんだ。その人のこと。期待に答えられないとどうしようかなって思っていたりして」
 
「それは私も同じさ。」

 ブライアンはミヨとの事があって、心を女性から意図的に離していた。多忙な事もあったが、本心から女性に心を開く事に心ひそかに恐怖を感じていたところがある。

 その過去の辛い思いをもって、ミーナにだけは幼いころから心を開こうと接していた。


乗り移った身体も彼女も同じクローンの運命を持ち、ほぼ同じ1980年に創られた。
 それは、結社ナザレの主事が
 「1980年東京の時空に転生せよ! その37年後の2017年に結社を再結成する」
と指令した年代に合致していた。